昭和44年03月16日 春季総会
総会は一ヶ月後に控えております、大祭をどう有り難く頂くかと。お互い信心の在り方をもう一遍ひと月前に検討してみて、そして、その御大祭が本当に御大祭としての、いわゆる神様にお喜び頂けれる私共の真心を打ち出しての、お喜びの頂けれる、また御礼の申し上げれれる、そういう信心を完璧足らしめる為にひと月前に総会で、他所の総会と少し意味が違うんですね。
普通だったら、ああいう事だけを発表して、ね、そして後は会食にでもするというのが普通ですけれども、ここの場合はそうではございません。どこまでも、今日、久留米で信徒集会がございまして、最後に新しい教会の展開でしたか、そういう事について行徳先生からのお話がございましたように、例えば御大祭というものが、どのようなものかと。結局、お互い一人一人が奉仕するのだと。
それでまあ鹿児島の教会では、丁度ひと月前から30人あまりの御信者が一人一人、大祭に向かっての心準備、心構えというものを発表させられると言う様なお話。是はまあどこ迄も鹿児島のものでございまして、それはどこ迄もこれは合楽は合楽の生き方。しかもそれが、やはり信心であり、まあ今日の新しい教会の展開という事になれば、それが社会性をも含むものでなかなきゃならない事は、勿論ですね。
ですから、そういう意味においての総会でございます。お互いが、例えば半年間に受けて参りましたおかげのこと、信心を分からせて頂いた事、様々な事を一つ検討して、もう銘々が、ね、どのように神様にお喜び頂けれる信心を御大祭に見て頂くかというところに、合楽教会の総会の意義があるのでございます。今朝日曜でございましたから、特別奉修委員の方達の御祈念会がございます。
その時に頂きました事が、その時にはあの様に伝えましたけれど、今日又それから色々、今日のあの会合に参加させて頂いてから、考えさせて頂くので御座いますけれども、転身という事を頂いたんです。テンは廻るですね自転車の転。シンは身ですね、終身の身です転身。所謂今日の行徳先生のお話でも頂いておりますと、行徳先生という方は素晴らしいその何て言うんですかね転身の名人だと言う様に感じますですね。
もうとにかくその、新しい生き方という事に、なら御結界はもうイスばかりだと。ね、しかも信者と対等にこうお話が出けるように工夫してあると。前の方はイスばかりだと、といったようにですね、例えば形の上ですけれども非常にその、自分がかくと信じた事はサッとそれにこの向かって切り替えて行かれるという事。私は素晴らしい、転身とはそういう事だと思うのです。
それで先ほど秋永先生が申しておりましたように、秋永先生なんかもなかなか転身の名人だと思うんですけれど、例えば、カーここが間違うとったと、こうでなかったと思ったら、もう誰が何と言ってもスパッと信心を切り替えて行くという事ですね。ただし、ここに思われる事は、その信心がね、あの今までの信心よりも、より神様にお喜び頂けれるものかという事でなからにゃいけない事です。ただ形だけが斬新に変わって、無駄になったというのだけでは、これはいけません。
ただその、いわば合理的という事を申しますが、余りに合理化したんでは、もうお道の信心の値打ちがありません。どこまでも、お道の信心は超合理的なものだと言われておりますから、例えば信心の薄い人からは、おかしいなと思われてもですね、それがね、本当であるとするならば、やはりそうでなからにゃいけないです。まっ心ある人がもし合楽の信心を、まあ例えば四六時中ち言うなら二十四時間を。
もしあの見られたり聞かれたりしたら、私は本当にあの言うならうっとりするごと素晴らしいと思われるだろうと思うのです。それは、私自身が酔うておるからかも分かりませんけれどもね、そんなに思うのです。ね、だから信心とは、結局その酔う事なんです。ね、その有り難さに酔うておるという事。そこには暑さも感じない、寒さも感じない。ね、いわゆるあの一杯機嫌の、いわゆるほろ酔い機嫌というようなものが。
信心によってなされる時です、ね。それが私共は助かって行きよる印だ、証拠だという事になるのでございます。昨日私は実は、今久留米に歯医者に通うておりますから、帰りに高橋さんと久保山茂さんが同道してくれまして、電話掛けて貰ったら、親先生がこちらに見えておるという事で、あちらへ参りまして。まあ色々と打ち合わせに参りましたのでございます。今日のことでございました。
それは今日の総会がございますから、合楽は12時までおかげを頂いて、お弁当はここで頂こうという事になっとりました。けれどもそれではあまりにも、例えばこれだけの人数の者が、あのお広前からガバッと抜けましたらね、歯が抜けたようになるだろう、折角合楽あの行徳先生のわざわざのお話を頂けない事もまた馬鹿らしい事でもあるし。そう色々工夫いたしましてね、それでまあ、色々考えさせて頂いた。
それも、昨日一昨日の朝の御理解に、ね、信心は大きな信心が良いという御理解を頂いた。大きな信心をせよという御理解を頂いた。なら大きな信心とは、大きな事を願うという事ではないと。例えば、なら大祭なら大祭にですね、そう俺はもう米ば十表お供えしようと。どうぞ私は千の十丁酒もお供えしたいと思いますから、どうぞよろしくお願いしますといったようなもんじゃないということ。ね、
神様はそんなもんを喜びござるとじゃないということ。私は例えば、ね、もう天下の誰々と言われるような立身出世して。例えて言うなら、私が二十何年前のそうでした、ね。本当に一つ、無一物の中からおかげを頂けば、どんなおかげでも頂けるから、せめて九州で、あの商人はと言われるくらいな「ななたのせんに?」、商人になりたいと思うて博多に出たんです。
引き揚げて帰ってあの博多に出たのはそういう意気込みを持って出たんです。本当に置いた物を取るようなおかげを頂いて参りました。この調子で行くなら、これはおかげ頂くぞと思いましたですね。ところが、それは一時的なものでございまして、後は反対に困った方へ、難儀な方へと、まあなって行った訳でございますけれども。ね、いかに私が大商人になるという事が。
また私が大商人になったら、もうそれこそ教会の、たとえばいつも建立と申しますね。一人でお広前を建立するぐらいなおかげを頂きたい。もうそういう意欲に燃えて、私はもうこのくらいな時分からけいこしておる事は、商売より他には知らんのですから、その事に、まあ命がけで出た訳です、ね。ですからそういう事を確かに願う事が、私は当時大きな信心だと思うておった、またそういう風に教えられておった。
大きな御用が出来るごとならにゃいけんばいち言われると、大きな、大きな金持ちが出来にゃいけんばいち言われよるとと、こう思いよった。ね、ところが大きな信心とはそれじゃない。ね、大きな信心と言うのは、どのような、それはなぜかって言うとですね、なら私のように心のこまい人間もおりましょう。ね、かと言うと誰々さんのように心が大きい人もありますよ。
生まれつきに心が大きい人、小さい人があるんです。してみると、生まれて心のこまい人は助かりがたいという事になるんです。だから信心で言う大きな心、大きな信心とはそれじゃない。信心で言う大きな信心と言うのは、ね、様々な難儀とか問題がありますわね。その様々な、どのような事の場合であっても、それがね、悔やみにならず、ね、その事が嘆きにならず、腹立ちにならず、恨む事にならず、ね。いわゆる難儀とつく難儀のものから脱皮したもの。
それが皆有り難いもの、例えば私の心の中に有り難いと酔うておる、その、有り難いという事で暑さも感じなければ、寒さも感じないという、その有り難さによって消されて行くということ。これが、おかげであるという事をです、頂いたんですね。大きな信心とはそういう信心なんだ。してみると、なるほど普通で言う、あの人は心が大きいというのとは違う事になる。いよいよ信心の有り難いというものに触れて行くところのおかげを頂かなければならない。
そこで、転身をして行くという事、ね。いわゆる心を切り替えて行くということ。次の信心にパッとこう、脱皮して飛躍して行くということ。その事がです、その有り難いというものにつながらなければならない。秋永先生が言うとりますように、泣きたいようなと言うのは、泣きたいようないわゆる感激を求めての信心。そこで、私が思わせて頂くのでございますけれども、ね。
私今朝あのその事の、転身という事を頂きました時に、転身と。例えば、飛び込むのと、落ち込むのは同じようなようだけど違うと言うのです。ね、例えば海水浴場にまいります。高ぁい所から飛び込み台があるでしょ。それからもう姿勢を正してサーっと飛び込むのと、そっから迂闊に落ちるというのは違う。下は水でも違う。ね、だから落ち込むのは打ちようが悪いと胸を打っただけで死ぬるような事にもなる。
ですから問題はね、そこんところを一つ頂かなければいけないかと、転身とは、ね。おかげを頂きたい、ね。私は今日の集会に色々、沢山の人の話を、まあ頂いて思うたのですけれども。なるほど合楽の信心は、本気で聞こう、本気で求めようというもんでなからなければ分からんなと思いましたね。なぜかって言うと、あまりにも、あの言うならば高度という感じが致します。
それは行徳先生も言うておられるように、町田さんが書いております事、皆さんご覧にあの、あれに書いてございます、お読みなさいませ。それは、あのくらいな信心なら合楽じゃ沢山頂いております。けれども、あれは高度なものとして、こういう信心が育って行きよるという事は、教団にとっても有り難い事だとまで言われておられます。あの町田さんの信心を、ね。しかも、お母さんの信心によってち言うけん、ほらもうお母さんちいう人はどげな信心してござるじゃろうかと思うごたある。
あれが世界中の教会に回されるちゅうのですから、合楽も面目を施す訳ですね。また本当その、なら町田さんよりも確かに野口さんの方が、それは信心もいわば、心の中に受けて、頂いておられるものも、それは格段の違いがあるのですから、そういう意味で合楽は信心をお互い進めておる事だけは事実なのです。ですからそこのところも有り難い。そこで、私昨日、久留米に参りました訳というのは。
合楽はこんな訳で16日が総会でございますので、これはもう前々から、前々からじゃない、もうちゃんと定まっておるのでございますから。この事を信徒総会、あの会合がございました時にです、16日は総会だからと、日にちを替えてくれと言うたけれども、もういかんと、こう言う訳である。なら仕方がない、ならまた、それから、まあ後にそれは困ったなあ、総会をしかし変える訳にはいかんから。
と言いよる時にちょうど親教会で会合がございまして渕上先生、岸先生一緒に話し合う機会がございましたから、あのその日は総会で頭から来てもらわんなら、どんこん出来んがち。いいや、それは行くとはいいどこじゃありませんけれども、あれは出来るなら一時間ばっかりあの早めて下さいち言う、10時のを9時にそするとねあのそれだけ一時間早く済む訳になりますから。
そすともう昼過ぎには帰られるから、あのそげんして下さいち言うたら、ああそりゃあ出来ますから、なら9時にしましょうと、こういう事である。確かにそういう最高、いわば松栄会の最高幹部の方がそういう約束が私と取り交わしてあるにも関わらず、やはりフタを開いてみたら10時からであった。もうどんなに考えても、合楽馬鹿にされとる、眼中に置かれていないという事を感じたんです。
けれども考えまっおかげを頂いてから思うてご覧なさい。あの9時からでなかった事がおかげであっただから最後まで頂けた。本当に私はあの初めからもう合楽の総会がありよるように思うた。前の方へずっと合楽の方達ばっかりが並んでです。私は教師席の方からこうして見てて、待っちゅうこれは合楽の総会だ。是だけの費用をかけて例えばあんな有名な先生をお呼びして、講話を頂いておる合楽昔は合楽の教会、あの温泉でしたり二日市のお寺さんで、あの総会を開いたりした時代が御座いましたでしょう。
だからわざわざ貸切バスで、櫛原の教会で総会が出けて、まっ来るようなおかげ頂いてるから、まっそん時にどういう訳に16日をにしたかと。どういう訳にあれだけ約束しておったのに、なぜ10時からしたかと言うて、それを言う事はいらん。そこで私は、昨日はその事を「ゆうぎ?」に行ったんです。それまでは、この頃の会合の時に、まあはりまさんて、あの会長ですね。
久留米の会長が、あのここの総代さんらと会合した時にです。ね、私の方はもうとにかく総会だから昼までしか出けませんよ、昼から帰りますよて事でそれはという言われ。それは向こうとしても仕方がない。だからこちらもその気でおったんです。けれどもよくよく考えて見てです、いや考えて見るじゃないあの大きな信心という事を聞かせて頂いたその時からです、私の心の上にね。
そう言う様な事も有り難いというね、消したら問題ないんだと言う事になってくる。だから、親先生その日は合楽の信奉者一同がです、こちらであの、最後までおかげを頂く事に致しましたと言うて、あの、申し上げに行ったんです。ね、それからが問題だった。もう私、ちょうど昨日一昨日は久留米教会の御大祭じゃない、月次祭でした。親先生が奉仕されますから。
もう装束を着けようとしておられるところに、奥様とはりまさんのあの総代さんと3人で、ちょうど装束を着けられる前にお茶を頂いておられるとこでした。まあ、時間が2、30分ございましたから、ここで、今日参りました理由の事を、実は話したんです。この頃から、ここの16日という、4月の16日という大祭が親先生にとって大変困られると言うのである。
それでそのまあはりまさんに頼まれた訳でも、話された訳でもないと言われるのですけれども、はりまさんが家の総代さんの委員長に、始めにそのこうして合楽を大祭を止める訳にいかんかち。委員長がその事を受けたもんですから、それはとにかく、まあ幸い総代達が来とるから、あんたが総代達言うてみてくれと事いうことじゃったんです。ならあの堤さん、永瀬さん、高芝さん、皆見えておりましたから。
その事を聞いてからもう天から、私の方の16日という日はでけん。変えたら絶対いけんばのち。例えばあのなるほど十もう二十年近くこの4月の16日10月の16日に雨が降ったことがない。降りよっても降り止むというくらいにおかげを頂いておる。大祭というのは教会の一番大事な信念的大きな大祭、信念をあの確固あの不動のものにする為の一つの神事でもある、行事でもあるのです。
大祭合楽の大祭もう絶対、もう前のびんがどんなに嵐の晩であっても、明くる日はお天気になると言われるほどにおかげを頂いて来ておりますから、それは絶対出けんばのという方がもう、本当に私は本当だと思うんです。しかもねそのその事を聞かれた、はりまさんが、その事をそのまま親先生に言われた。そのもう合楽の者どんが絶対と言わんで、金光様の御信心に絶対という言葉があるはずがなか。
と言う風にしてまあ怒られたらしいんです。私が行ったらもう大変な勢いでした、親先生が。あんたんげこの頃、大祭あの絶対ち言うたげなのち。そりゃあ言いましておるち私が申しました。それで私が、はりまさんに向かってですね、だいたいアンタがね、あん誰かと飲まれたとねち私が申しました。したらもう慌ててから、あちゃあ、誰かでん頼まれん、自分で行く。自分で言うたっちゃ、アンタいくら親教会の総代であっても、私はアンタ家が親教会じゃなかばのち。私が〔 〕ちゃんと三井教会だ。
三井教会の総代が言うなら、まだしものこと。それもはりまさん、アンタ達がですね、あんたがどういう気持ちで、私家の総代を捕まえて、そげな事を言うたか。頼まれとらんなら、どうしてそげな事言うたかち。いんやあ、そりゃあ頼まれんち言うちから、頼まれとらん事をえらい強調して言いよるけども、しかしはりまさんが言う訳もないけん、誰かとん違いありませんよね。
そしたら、その親先生があまり怒られるもんですから、そのはりまさんの方が気の毒になってから、あの絶対ちあのもう今日は名前を言いますが、堤さんが言ったらしいんですよ。いんやそりゃ堤さんが言いなさったばってん、そりゃ先生あのニコニコ笑うちからでございます。そげん話が変わってくる。二人から三人からこうやって話が伝わって行くとですそういう風に変わっていく。
枝例えばそのニコニコ笑いよった雰囲気と言った様なものはですね、無くなってただ絶対でけんばのだけが、親先生に伝わった訳ですね。だからなるほど金光様の御信心には、肯定もなからなけらば否定もないという、言われておりますから、ね、絶対と言う様な事は使うてはならんという、その絶対というのが私の頭にガンと来た訳です。それまで、辛抱に辛抱しておられたんですよ、この16日という事には。
それでもう私が祭主仕えにゃ良かと、いう事にまでなっとったんです実際は。ね、ところが話がそういう風煮なって参りましたもんですから、私その事をね、もうこれはとてもこれがね、なら16日で私のは神ながらにおかげを頂いて来たにしてもです、これから何十年続くやら分からんこの事がです、年に何回4回からの御大祭がです、その度に親先生以下の方達にです、あの不愉快な思いをさせなければならんと、ね。
そんならね、そういうような神ながらな合楽の在り方だけれども、これを私の有り難い、皆さんの有り難いという心で祓われたら、もっと神ながらな日が定められるだろうと私は思いました。16日という、これは確かに神ながらな日。けれどもより神ながらな日、いやもっと大きなおかげの受けられる、ね、その大きな信心という事は、私共の心から有り難いというもので全ての事を祓うという事だと。
それがね、大きなおかげに繋がるという事で御座いました。只今、帰らせて頂いて御神前に皆さんと一緒にお礼させて頂く時に一番、とたんに頂きました事は大きなビルが建ってるんですよ。そのビルの横にあの、足がかりの木がたくさん積んであるでしょこう。あれのところを頂くんですよ。ははあ、ね、ですから皆さん、大きなおかげを頂かにゃいけんのです、合楽は。
ですから大きなおかげを頂く為にはです、普通なら我を張ってでもいい、それ合楽が言う事の方が聞く者に聞かせれば、ほんなこっというような事であってもです。なぜかって言うと16日という日はですね、どこもさし触りのない日なんですよ。もう、この16日という日ぐらい、他の教会にさし触りのない日はない、ただ一番初めにするという事がいけんのです、ね。
それで私がね是はもう親先生からね、あの定めて貰おうと私がこう思いました。そうすりゃねもうこれからも良いしね。あのだからそれをほんなら私共はそれを受けて流して有難く。そして新たな合楽の御大祭というものを頂こうと思うて参りました。それで親先生、私は行く手でこうこうしたっちゃ腹けえてから、もうこうこう言いなさるですもん、真っ青になってから。私が言う事を聞きなさりゃ、すぐ分かるこつ。
いや先生それ実はその事で来とるとですけんでち言うばってんか言いなさいますもん。それから実は先生その、御大祭の変更の事で御相談に来たので御座いますち言うて、そしたらもう途端にニコニコならさってからですね、そんならもう今までんごと私が御用にも来るち言われた。はっはっはもう御用には来て貰わんで良かちいう事になっとったです、こっちの方ははっはっは。こちらが有り難いもんでそしてからです、ね。
例えば親先生なら、何日の日にさせて頂いたら良かろうかと、明日が愈々総会でございますから、信者を一同にもはからせて頂くからという事でございました。そしたら親先生が、16日と18日にしなさいち言うわけです。二本だてで行きなさいち。私の都合の良か時には、もう16日で良かち、都合の悪か時には18日にしなさいと。もう、ね。皆さんならお笑いでしょ。けれども親先生はもう本当に。
私はアンタや信者を思うてこげん風に考えたち言いなさいましたよ。こげんですね、善導寺の考え方と私共の考え方が違うのですよ。ね、もう私はね、今度決めて頂いた大祭はね、もう誰が何と言うても変えんで済むごたる日にちを頂きたいと私が、ね。けれども私はそうは言いませんでした。はあそうですかち言うてから、思い言いました。けれどもですね、こちらが何もかにも有り難いもので祓おうと、もう腹が決まったようにして行ったけれども、もう次にはね
有り難さが祓えないような事がそこに起こっとるですもん、何時間後に。ね、けれどもその、まあやっとかっと祓うて参りましたけれど。ね、そして親先生が言われる事にもです、とにかく16日と18日にしたら。ならとにかく明日総代皆にはかって見ましょうと。んならそれけんち言うてなら今度他に候補の日はないでしょうかち。親教会よりか先にするけんいかんち言う様な事じゃなかじゃろうかち私どん思いよりましたが、そげんじゃなかですかち言うたら、いんやそんな事はなかちこう言われますもん。
そうでしょ、やっぱ16日、18日ならやっぱ一番口になります。けど問題はその二本だてで行くという事は、これはもう私もこれは困るんじゃないかとこう思う。それで皆さんがね本当に承知が行くならば、そうで言うともう親先生がお喜びなさいますと、こう思います。けれども他にまた他のね、日にちを定めるならです17日は私んげ月次祭じゃけんでけん。そすと19日はあんたげにゃ北野のもんが参って来よろうがのち。
それけん北野くんちが入るけんでいかんもんのち。そりゃあもう自分が北野におんなさったけん知っとなさいますとです。はあ、もう19日はもう北野の者が絶対いかんち何時も言いよりますち。そんなら20日の日はどげんじゃろうかちゅう事になった。ね、ところが20日は、その小倉の教会が御大祭でございます。けれども、20日の御大祭にはこっからはお参りしませんしね。
ただ記念祭か何かて言う時には、あのバスを仕立ててお参りしますけども、そういう時には必ず二日か三日間ぐらい続けてございますから。その家の大祭じゃない日をやって、お参りするならお参りしたっちゃ良か。またお参りせにゃならんならば、新たな日にまた皆でお参りしたっちゃ良かと。それは例えば私のもう親の親の親ちゅうごたる所じゃけん、そげん関係はなかと、と思いましたからとにかくまあそれはまだ。
ほんならそこにきのですね、は親先生に申し上げとる訳じゃありませんけれども、現在のところでは16日と18日の二本立てにするか、または20日にするか、またはもっと他に。もうそれはねこの事についてはもう、北野の先生とあん先生で、そうに合楽の御大祭日ちいうのは研究しちゃるとですよ。ところが実際は持って行き所がないとです、ほんと。それはもう、それはそうにきって見ちゃるとです。
それですからやっぱどうでもその、20日その辺の所へ持って来なければ仕方がない。それで16日の日はもう一番良かですばってん、ほんな事なその16日が関係がないのでしょうが。ただ親先生が13日の御本部の御大祭なんかに当たると、もう後が3日しかなかから、自分が疲れると仰る訳です。だからそれを言われると私も弱い。そこでんならアンタが祭主を仕えりゃ良かててんなら私が出けんなりでん。
私が祭主を仕えましょうと。そしてもう善導寺からは若先生でも良ですからち言うたら、そんな訳にいかんちいう風に仰られました。けれどもだから私が祭主さえ仕えりゃ良かっじゃけん、もう16日、本当、もう今までのね、それでこのもう、また新たなあれもいりませんし、ね。上ったからあの、けどその18日と16日と言われた時に、そおりゃ困りましたですね、家にあの、幟が、幟をつけんと、またあの幟が、また一本作らにゃいけません。染め抜きののぼりを作りましょう。
それで聞いたらそういう風に言われるんですけれどもね。ただそう言う様な風に現在のところはなっとります。それでまあ後から残る幹部の残れる皆さんでですね、そこんところまた定めて、改めてまた親教会には行かなきゃなりません。けれども私共がです、例えば今度の、まあ信徒集会でも本当を言うたら、合、向こうが向こうな、こっちもこっちで言うて実は今日は行かんでも本当は言訳が出けるとで、本当は。
ですから向こうが横車を押すなら、こっちも押せちいうごたる風な生き方で行けば。けれどもこちらが、さあ有り難いもので祓うて行ったら、合楽の為の信徒集会のようだったでしょうが。ね、そこにおかげそしてならこの大祭の事でもです、より神ながらな神定めの日というものをです、この際頂くという事によってそれが大きなおかげに繋がる。それが、言うならば大きなビルが建っておるその足場にもなる事ではなかろうかと、私は大きなおかげを頂きたい。
為にさあ大きなおかげを下さい、下さいち言うたって出来んですから、大きなおかげの受けられる信心がね、まず必要。それにはね、私自身がです、もうどのような事でも有り難いで祓うて行けれる。皆さんもそういうような事を、有り難いで祓うて行けれるおかげを頂いて下さらなきゃならない事になります。ですからそういう事にまあなっておるのでございます。ですから、またその事が決定致しましたら。
改めてお通知が行く事でございましょうけれども。それもどうぞそのこういう事で、こういう事になったというようなんじゃなくてですね、より有り難い事になったとして、お互いお礼を申し上げるような信心をですね、この大祭を一つ、さっき永瀬さんが仰るように、こういう心でです、ね、朝参りなら朝参りが修行じゃない、もう当たり前の事としてこの修行が出けるようなおかげを頂きたいという事を持って。
今度の大祭に臨みたいと言われるように。どう言う様な事でも有り難いという心で祓うて行くほどの大きな信心を目指してですね、それを引っ下げてこの4月の16日か18日になるか分かりませんけれども、その御大祭に臨みたいというふうに思うのでございます。どうぞ皆さん、そのところをですね、信心をそこんところに絞って、一つおかげを頂いて頂きたいと思うのでございます。
どうぞ、よろしゅうお願い致します。